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孔明の後継者

姓名判断

三国志で諸葛亮(孔明)の後継者となった、姜維を姓名判断で評価します。

姜維は、諸葛亮ですら成しえなかった北伐(魏を倒すこと)を繰り返し、蜀漢の国力を衰退させて、滅亡を早めたとされています。

その姜維を、姓名判断で評価します。

略歴

字は伯約。

天水郡冀県の人。

もともと魏に仕える。

しかし、諸葛亮が魏に攻めてくると、内通を疑われて、孤立。

諸葛亮の蜀漢に降伏する。

しかし、街亭の戦いで、蜀漢が敗北すると、諸葛亮に連れられて成都に帰還した。

そのため、母と生き別れた。

その後、諸葛亮の北伐に従軍。

演義では、諸葛亮が死去する際に、後継者として、兵法二十四篇を授かる。

着々と昇進し、軍権を握ると、北伐を敢行した。

何度も北伐を行うが、成果はほとんどなく、国力がどんどん衰退していった。

そのため、朝廷内で孤立、身の危険を感じるまでになった。

やがて、魏の侵攻を受けても戦い続けるが、蜀漢が魏に降伏すると、魏に降伏した。

降伏した姜維は、魏の鍾会をそそのかして、反乱させる。

そうして反乱が成功し、魏から独立したら、劉禅を呼び寄せて、蜀漢を復活させるという策を練るが、失敗して、鍾会とともに殺された。

各運の状態

姓は姜で9、名は維で14、字は伯約、伯は7、約は9です。

地運は14、人運は23、総運は23、字は16、字運は25になります。

地運からわかること

地運の14は、家庭運が弱く、離別しやすい、そして、浪費家である、とされています。

元は魏の豪族なのに、母と生き別れ生地を離れた、というのは、この地運14が影響したのでしょうか。

演義では、親孝行で有名ですが、正史では、母が戻ってきてほしいと手紙にし送ったが、蜀で出世する好機だから戻らない、と言ったといいます。

このように、人柄をよく見せようというのは、演義ではよくある話です。

この姜維も多かれ少なかれ話が、盛られているようです。

私生活でどうだったのかはわかりませんが、北伐を繰り返して、国力を衰退させたのは、浪費家であることが影響したのではないでしょうか。

人運からわかること

人運の23は、豊かな創造性があり、才能もあり、また、実行力もあり、目標を達成できるとされます。

しかし、気が短く、熱しやすく冷めやすい性格で、人の上に立つと、お山の大将になりやすいです。

創造性は判りません。

ですが、才能は、あるみたいです。

諸葛亮、鍾会、鄧艾、などからは、高く評価されています。

また、後世の歴史家も評価しています。

なので、才能は、申し分ないと思います。

実行力も頷けます。

北伐を繰り返したことから、実行力があると言えるでしょう。

しかし、北伐を成し遂げることができませんでした。

総運からわかること

総運の23は、一代で財を築く恵まれた運の持ち主、とされます。

ただ、横柄な態度を取りがち、です。

なお、人運に該当することは、総運にも該当します。

人運と総運は、同じように働き、同じように重要とされています。

よって、行動力があると言えます。

蜀漢復活の秘策ともいえる、魏の鍾会を反乱させ、魏から独立し、劉禅を呼んで蜀漢を復活させる策を実行して、反乱まではうまくいったのは、並大抵の行動力では無いです。

熱しやすく冷めやすい性格に該当する記述は、無いようです。

また、気が短いという記述もありません。

一方で、お山の大将になりやすいのは、どうでしょうか。

北伐を繰り返したために、朝廷内で孤立したのは、周りをよく見ていないから、と思われます。

これは、お山の大将になったために、周りに気付かなかったから、といえるのではないでしょうか。

ちょっと、強引な解釈と言えなくもないですが。

字運からわかること

字運の25は、頑固で偏屈で協調性を欠き、人の好き嫌いが激しい、という欠点があります。

ですが、その欠点以上に、決断力がある、行動力がある、責任感がある、人の心を読む能力がある、勘が鋭い、といった長所があります。

決断力と行動力は、前述のとおりですが、ここでは、責任感があることを見ます。

諸葛亮の後継者として、諸葛亮が成しえなかった北伐を繰り返したのは、責任感があるからと言えると思います。

責任感から北伐を繰り返し、その結果、国力を衰退させ、あっけなく国が滅亡したのは、皮肉なことと言えます。

頑固で偏屈なのは、何としても蜀漢を復活させようとした、ことから言えます。

死に場所を求めて彷徨った、みたいな評価があるのも、頑固で偏屈な性格が成せる業、と言えるでしょう。

総評

姜維は、行動力と実行力がある、人物と言えます。

この行動力と実行力が、国の滅亡を早めたのは、紛れもない事実です。

もうちょっと、周りをよく見て、慎重に事を運べば、よかったのでしょうが、姓名判断で見れば、それは難しい、ということになりました。

蜀漢は人材不足であったという記述は、間違ってないと言えます。

余談

姜維は、身体を斬られて殺害されました。

そして、胆を取り出したようです。

その胆は、一升ほど、あったとされています。

胆の字は、剛胆というように使われます。

おそらく、剛胆さを表現した、のではないかと思います。

三国志は、すごい記述方法がある、と感心しました。

いや、感心ではなく、寒心したというべきでしょうか。

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